essay

 今年は久しぶりに涙を流した。ここ数年、悲しいときも辛いときもぐっと涙をこらえてこれたから、「私の中の涙はもう枯れてしまったのかな?」なんて思っていたけれど、泣き虫の「虫」はまだ健在だった。蠍座だから、一度涙が溢れるともう止まらない。

 子供の頃は泣くのが日課だった。風船を針でつついたように、感情がよく破裂した。それは、自分でもどうすることができなかった。ちょっとしたことでもすぐ泣くから、周りの友達の困った顔が今でも目に浮かぶ。

 20代の頃は、職場でもよく泣いた。あの頃はおもに、自分のふがいなさに涙が出た。だから、私が泣くと皆は笑った。たしかに、「どうしてここで泣くのかな?」と不思議になるくらい、どうでもいいことで胸がいっぱいになってひくひくしていた。今思うと、自分でも笑えるくらい、なんでもないことで泣いていたから。

 そして今年。人との別れに涙が溢れた。失恋でもなく、死別でもなく、たんなる友達との別れ。そこに恋愛感情はまったくない。だけど、なんだか二度と会えないのかもしれないと思ったら、とめどなく涙が溢れた。海を越えてはるばる会いに来てくれた友人。この先、「渋谷の街で偶然会って・・・」なんてシチュエーションはあり得ない。「生きていたならいつかは会える~」なんて演歌のフレーズも頭をよぎったけれど、何万キロも離れたところにいる相手と会うには、お金も時間も労力も必要で、相当のエネルギーがない限り再会は果たせない。通信手段が発達した今は、瞬時にメールが送れてものすごく身近に感じられる反面、地球の裏側までの道のりは、気の遠くなるほどの距離。こんなに簡単に文章では意思疎通ははかれても、生身の温かさは感じられない。

 別れ際に流れ始めた涙は、友人が去った後も止めることができなくて、私は帰り道にもずっと泣いていた。バスの中でも歩いていても止められないから、たぶんすれ違う人は私のことを、「失恋でもしたんだろうか?」と憶測をしたに違いない。帰宅しても涙が止まらなくて、つけていたマスカラとアイラインはすべて流れ落ち、鏡を見たら素の顔の私に戻っていた。美しい涙と言うよりは、滝のように流れる涙。激流。かなりこっけい。

 後日この話をすると、皆ゲラゲラ笑ってくれた。ネタみたいに。笑われるのもあんがい心地いいから、今年の涙は明るい。これだけ泣いていたくせに、ひょっとしたら今度の夏休みに再会することだってあったりして・・・。なんて考えれば、この涙は心のデトックス!たまには泣いてみるのも悪くないのかな。

 

 

 


運勢を操作する

去年の誕生日はベトナムにいた。ホーチミンひとり旅。一番楽しかったのは、メコン川クルーズ1日観光。コーヒー牛乳色をしたメコン川を船で走り、ジャングルのような孤島に上陸、ハチミツやキャンディーを作る作業場を見学したり、ベトナム音楽の鑑賞、牛車にも乗ったし、途中、二人乗りの小さなボートでの移動もあった。外国人バックパッカー対象の安宿街にある旅行社のツアーだから、超格安(日本円で1000円くらい)で日本人は私だけ。西洋人、アジア人、地元ベトナム人の雑多な人種の一日観光。英語の説明に追いつけない私は、せめて迷子にならぬよう同じバス同乗者の顔を必死に覚えてついていった。途中でアニメ好きのシンガポール人の女の子グループと仲良くなり、その中のひとりとは今もメールのやりとりが続いている。まる一日のツアーは、見知らぬ国で見知らぬ人と、なんとなく一体感を味わえた貴重な体験。それぞれの心の中にどんな思いが巡ったのだろう?

一方、ベトナムは、驚くほどのバイク王国。おびただしい数の原付バイクが道に何重にも広がり、けたたましい音と排気ガスを振りまきながら次から次へと激流のように流れてくる。それも、ヘルメットもかぶらず二人乗り。そこに車も走っているから、歩行者にはとても優しくない街。はじめは怖くて道も渡れなかったけれど、これもホーチミンでの印象的な光景。また、アオザイを着て写真撮影や、豪華エステ三昧、最後の夜は、高級ホテルの高層階にあるラウンジのテラスで、ひとりホーチミンの夜景に酔いしれた。季節は秋・・・、わずかに湿気帯びたなま暖かい風が、日本に置いてきたいろんなことを忘れさせてくれるような気がした。

 だけど、その旅の目的は観光ではなかった。目的は、自分の運勢を操作すること。

 占星術では、生まれながらの太陽の位置に、一年に一度ふたたび太陽が戻ってくることをソーラーリターンと言う。 この日の惑星の配置が、その後一年の運勢を占うと言われている。また、その惑星の位置は、その日滞在する場所により異なってくる。世界は広いから、その分いろんな運勢を予測することができるのである。

 そこで、私はホーチミン。東京で過ごすよりも、いろんな出会いに恵まれワクワクするような運勢を予測できる場所を選んだ。 そして、ホーチミンの旅はその通りになり、その後一年の私の運勢も、変化に富んだエキサイティングな毎日を送ることとなった。もしも去年の誕生日を東京で過ごしていたなら、また違った一年になっていたかもしれないし、同じだったかもしれないけれど、それは誰にもわからない。

 ところで今年は・・・、東京。東京にいることが、私にとってとても良い惑星の配置だったので、場所は移動せず東京で過ごした。 さて、これから一年は、どんな年になるのだろう?今年の誕生日と同じくらい、素晴らしい一年になるに違いない?素晴らしい一年になるだろう・・・??なるかもしれない・・???なるといいな。