essay

●占いの模範的な使用例

 去年鑑定させていただいた知人から、結婚の報告が届いた。私は鑑定を仕事としていないので、知人しか受けないしお金はとらない。その分、責任は追わなくてもいいと勝手に自分に言い聞かせている。いろいろあったみたいだけど、彼女の望みが叶って本当に良かった。

 だけど、私の鑑定の中で「結婚」なんて予想していたっけ?むしろ、「その彼はやめて、新しい方に向いたほうが絶対いい!」と告げていたような・・・。ただ、実際の彼女のホロスコープからは、2008年は彼女にとって転機の年。12年に一度の大幸運期で、最高の一年になることが表れていたから、「来年はぜったいに良い年になるはず!だから、執着を捨て何か自分のためになることをやってみたら?」と伝え、彼女も「実は、こんなことやりたいな~って今考えているんですよ」と、新たな希望を胸に少しは元気になって帰ってくれたと思う。だから、予想もしないこの展開に動揺は隠せないものの、「大幸運期の部分は当たってるじゃん」と威厳を保ちたい。

 それにしても、人生って本当にわからないもの。彼女は、大好きな彼のことを決して諦めることはなかった。彼のことで悩みもがき苦しみ、のたうちまわるような思いをしたとしても、好きな気持ちを貫いた。そして、その結果の「ゴールイン」。「だったら、占い師に相談なんかするな!」とも言えるけど、おめでたいことだから許すとするか。

 おそらく、ここで皆が知りたいのは「いったいどうやって、彼女が彼をその気にさせたのか?」ってこと。詳しいことは私にもわからない。また、彼女の話を聞いて、同じことを好きな人に試しても、うまくいくとは限らない。ただ、彼女の彼に対する思いは純粋で本物。こちらまで苦しくなるくらい彼のことを思っていた。「彼のことは諦めたほうがいい」という言葉にも耳を貸さず、揺るぎないほどの強い意志を貫いたのだろう。失速することなく。

 そう考えると、彼女にとっての「占い」は栄養ドリンクか。「12年に一度の大幸運期」というビタミンを体にチャージし、走り続けたのだから。それも、自分に都合の良い部分だけを取り入れ、それ以外はいっさい排除して突き進む。これぞ、もっとも良い占いの使用例。模範的な使い方だと思う。「信じるものは救われる」ってことを実証してくれたわけだから。たとえば、これが「パワーストーンを作ったとたん、たちまち結婚にこぎつけました」なんてことなら、間違いなく女性週刊誌の広告ページに写真つきで体験談が掲載されるはず。それを私は「信じるものは救われる」と呼んでいるけど、占いはその程度に扱ってくれてこそ御の字。

 しかし、占い師としては私の面目はまるつぶれ・・・。保身のために言わせていただくと、実は彼女は、彼の誕生日のデータを一年間違えて持ってきていたのだ。彼女は鑑定後、しばらくしてから誤りに気づき私に伝えてきた。「え!!!!!だったらぜんぜん違うじゃん!!」と、もはややる気をなくし、それ以上それにかかわるのを放棄した私。そんな後日談のある相談者であったことは、声を大にして言っておきたい。